たぬきばと
狸鳩
たぬきばと
狩猟にまつわる不思議なエピソードを聞くことがある。
確かに雪の上に倒れたはずなのに、跡形なく忽然と消えてしまった鹿の話。
ほんのちょっと先に落ちた鳥が、地面に吸い込まれるように消えてしまった話。
私にも似たような経験がある。
「何かへんだな」
森の中でそんな風に感じた時、ふと気づくと、
あたりがシンと静まりかえっていたりするものだ。
なぜかむこうに、１本だけゴウゴウと唸っている木があったりする。
突然怖くなって、後ろを振り向く。
「自分はここでいったい何をしているのだろう」
きっとセツメイのつく理由はあるのだろうけれど、
そんな時、私は銃をしまって家路につく。
途中に神社やお地蔵さんがあれば、お参りをしていく。
「また来ます」
迷信深いのかもしれないけれど、木々の間にはきっとナニカがいると思う。
その土地の神様や精霊かもしれない。
それは友好的なときもあれば、恐いときもある。
なにか不思議な事がおきたときは、そんなことを考える。
今日は建国記念日。
日の丸の旗をクレヨンで描いて飾った。
猟期もあと数日で終了、さあラストスパートだ。
でもこの日、なんとなく出猟するのに気がひけていた。
理由はワカラナイけれど、こんな日が時々ある。
いつもならそんな日は家で過ごすのだけれど、
天気は良いし、風は微風で、絶好の猟日和だ。
それに今年中にぜひ試しておきたい新しいタマがあった。
それじゃ午前中だけ行ってこよう。
獲れなければ、深追いするのはやめよう。
いつものお守りを持って猟場へと向かった。
猟場に着くと、気分はすっかりはれていた。
なんだ、あれは気のせいだったのか。
それでもポケットの中のお守りの感触を、しっかりと確かめた。
猟場全体を見回してみると、
さっそくキジバトが堆肥センターの裏手に降りるのが見えた。
そこはいつもキジバトが溜まる場所だ。
「ふふーん、今日も来てるな」
そのまま木陰に腰を落ち着けて
キジバトが集まってくるのを一時間ほど待った。
それから建物沿いにそーっと接近。
チラリと覗くと、すばやく２羽のキジバトが飛び立っていった。
「相変わらず早いなあ」
ふたたび建物の陰に隠れる。
経験上、まだキジバトの残ってる可能性が高い。
たいていはいくつかの群でいるのだ。
あらためて、そっと覗いてみる。
するとキジバトらしきものが数羽、チラリと見えた。
よしっ！
新しいタマを３発装填して、再び顔を出す。
まずは獲物をはっきり確認しなくてはならない。
最初に目に入った物体は、確かにキジバト…らしき姿だった。
私の狩猟本能は、キジバトだ！撃て！と教えている。
しかし…
辺りの茂みからは、数羽のキジバトが飛び立っていったが、
私の目は依然、そのキジバトらしき物体に釘付けのままだった。
それはなぜか動かずに、じっとしているようだ。
いったい何だあれは？目をこらす。
やがて私の頭に、ひとつの答えが浮かんできた。
アレハ ポンポコ タヌキノ オキモノ デアル
狸の置物？
そんなことあるか？
自分自身と問答する。
確かに、まん丸に光る変な物体なのだ。
でもあの色はキジバトの胸の色にそっくり。
ただ形がどうしてもタヌキの置物に見える。
もう他のキジバトは逃げてしまったのに、それだけは微動だにしない。
やはり置物なのだろうか。
しかしまてよ、こんな所にタヌキの置物があるかな。
ちょっと小さすぎないかな。
ゴミとして捨てられてるのかな。
もう少し近づいて確認してみよう。
もしキジバトだったときの事を考えて、銃を構えつつ接近する。
すると…
それは羽を広げた！
そうか、やはりそうか、キジバトであったか！
「ふふっ」
むしろ羽を広げてくれた方が当たりやすいのだ。
しかもこの距離だ。早くも笑みがこぼれる。
これはもらった。
ターンッ！
パタパタパタパタ…
「そんなはずは…」
キジバトは散弾の中にしっかり入っていたはずなのに。
ぶわっと上がった土煙からもわかるのに。
キジバトはパタパタと羽音を立てながら、遠くへ、
そして遥か遠くへと飛び去っていった。
さらば鳩殿。
いや、どうしても信じられなかった。
かすりもしなかったというのか。
もしかしたら二羽居たのかもしれない。
飛んで逃げたのはもう一羽の方かもしれない。
土煙の上がった辺りを一生懸命探した。
かすっていれば羽くらいは落ちているはずだ。
しかし、いくら探しても
まったく、何も、見つからなかった。
うむ、あれはやはり、
ポンポコ狸だったのだろうか…
私はその場で銃をしまい、黙って家路についた。
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